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ニコンがデジタル一眼レフカメラのニューモデル「D3S」を発表した。35mmフルサイズの撮像素子を持つプロ向けの製品で、2008年末に発売された「D3」の後継として位置づけられている。これを機に、フルサイズとAPS-Cセンサーについて考えてみた。

●被写界深度と画角

 D3Sで特筆すべきは高感度側の上限をISO12800に引き上げたことだ。拡張することで、さらに3段分、すなわちISO102400相当まで対応できる。実写画像を見ていないので何ともいえないが、新開発のセンサーを使っているとのことなので、それなりに妥当な絵をたたき出すのだろう。

 それにしても、この値は想像を絶するものだ。数字ではピンとこないが、ISO400で1秒のスローシャッターが、ISO102400なら1/250秒になるのだから、その差は大きい。ニコンでは報道写真や動物写真の撮影フィールドを拡げるものとしているようだが、実際、その通りだと思う。環境光が暗くても、高速なシャッター速度を適用できることで、今まで撮れなかったものが撮れるようになるだろうからだ。

 ニコンは、今回のD3Sの他に、D3X、D700というフルサイズ機の既存ラインアップを持っている。ニコンでは、これらをFXフォーマット機と呼んでいる。また、それとは別に、APS-Cフォーマットのラインアップがあり、D300を筆頭にエントリー機までが揃っている。こちらは、FXフォーマットに対して、DXフォーマットと呼ばれている。

 DXフォーマットでは、FXフォーマットに対して同じ焦点距離のレンズをつけたときに、その画角が1.5倍相当になる。たとえば、DXカメラに135mmのレンズをつけたときとFXカメラに200mmのレンズをつけたときでは、ほぼ同じ画角が得られるわけだ。

 ただし、同じ絞り値で撮影した場合、画角は同じでも、得られる被写界深度は異なる。絞りが同じなら、焦点距離が長い方が被写界深度は浅くなる。写真表現にこだわるなら、そこに注意を払う必要がある。

 被写界深度は、ピントを合わせた位置に対して、手前と奥の双方向に、どのくらいの距離分、ピントが合っているように見えるかを、深度という物差しで表したものだ。被写界深度はレンズの焦点距離が短ければ短いほど深くなり、手前方向より、奥方向に長い。また、被写界深度の深さは、レンズの焦点距離と絞り値で決まり、光の回折を無視できるなら、絞り値を大きく絞り込めば絞り込むほど被写界深度の深い写真が撮れる。

 この被写界深度をうまく利用した手法として、パンフォーカスという表現がある。風景写真などでよく使われる手法だが、画面内の近距離から遠距離まですべてにピントが合っているような表現ができる。オートフォーカスの機構を持たないカメラの場合、3m付近にピントを合わせておけば、よほど大伸ばしにでもしない限り、ピンボケ写真にはならないため、スナップモードとして、パンフォーカスを設定できるようなカメラもあるし、レンズ付きフィルムは、その偉大な応用例だ。

 逆に、ポートレート写真などでは、絞りをめいっぱい開き、瞳にピントを合わせ、背景をぼかすような表現が多用される。これもまた、被写界深度のコントロール例だ。

●パンフォーカス大量生産の理由

 FXに対してDXの画角が1.5倍相当になると書いたが、撮像素子が小さくなればなるほど、同じ画角を得るための焦点距離は短くなる。たとえば、最近購入したパナソニックの「LUMIX DMC-ZX1」は、望遠側の焦点距離が200mm相当だが、これは、35mm換算した場合の話で、実際のレンズの焦点距離は36mmだ。36mmレンズはFXフォーマットなら広角側に位置づけられそうな焦点距離だが、コンパクトカメラの撮像素子が極端に小さな1/2.33型なので、この焦点距離で望遠域である200mm相当の画角が得られるというわけだ。

 そして、こうしたカメラで写真を撮ると、撮影者の意図よりも、ずっと多くのパンフォーカス写真が撮影される結果になる。メインの被写体にできるだけ近づき、背景をできるだけ遠ざけるといった工夫をしなければ、なかなかうまいボケが得られない。

 したがって、ボケを生かしたいならFX、パンフォーカスならDXというのは理にかなっている。同じ画角を得るためのレンズの焦点距離が長い方がボケを得やすいからだし、同じ画角を得るためのレンズの焦点距離が短い方がパンフォーカスの効果を得やすいからだ。だからこそ、人物ポートレートにFX、風景写真にDXといわれている。ただ、風景写真の場合、画素あたりの面積の広いFXセンサーでは、ダイナミックレンジが広いので、自然界の光のレンジをできるだけ広くカバーするためにも、FXの方が有利だと個人的には思っている。光を巧妙にコントロールできるスタジオ撮影などでは、そのダイナミックレンジを人工光のあてかたで調節できるが、雄大な景色を前にしてはそれも難しい。だから、ニコンは、FXフォーマットでも、高画素数のD3Xと、標準画素数のD3をラインアップしているのだろう。

●高感度サポートと被写界深度の相関関係

 この被写界深度、カメラのISO感度の常用域が高くなることで、DXとFXでの被写界深度の違いが吸収されていくのではないかということが気になっている。暗いところで動いている被写体を撮影する場合、これまでのセオリーでは、絞りを開いてきたわけだが、開ける値にも限界がある。めいっぱい絞りを開いても光が足りない場合は、シャッター速度を遅くしていく。相手が静止していればいいが、動いている場合は、シャッター速度の遅さによる被写体ぶれが発生してしまう。

 だが、高感度をサポートするカメラなら、さらに、感度をどんどん上げていける。感度を上げても画質がそう乱れないのなら、無理に遅いシャッター速度を使って、手ぶれしてしまうよりも、ぶれずにすむシャッター速度を確保したいと考えるのが普通だ。そして、その方が被写体ぶれの心配もない。

 こうして、高い感度に設定することで、暗いところでの撮影でも、ある程度絞った写真を撮るようになれば、FX、DXの違いが、より些細なものになっていく。プログラムオートで撮影する場合には、メーカー側で意図的にプログラムのカーブをコントロールすることもできるだろう。その結果、FXでもDXでも、さらには、コンパクトデジカメのような極小センサーでも、撮れる写真は似たようなものになっていくのではないか。

 もちろん、絞りとシャッター速度と焦点距離、そして感度を自在に操るプロフェッショナルではそうしたことはないだろう。でも、圧倒的大多数のアマチュアは、被写界深度の深さで救われることが多い。素人目から見たときに、レンズ付きフィルムで撮りためた写真よりも、コンパクトデジカメで撮影した写真の方が美しく感じるのは、被写界深度に救われ、ピンボケの可能性が低いからだと思う。デジタルだからキレイというのは、そういう意味ではあながちウソではないということだ。そして、もしかしたら、これから写真を学び始めるような新しい世代の写真家は、従来とは、まったく異なる発想で写真を撮り始める可能性もある。

 フィルムの時代には、中判と35mmがうまく棲み分けてきた。圧倒的多数は35mmを使っても、しっかりと中判は生き残り、同じフィルムが複数のフォーマットで使われてきた。デジタルの時代となり、FXとDXで撮れる写真が急接近している今、人々は、この2つのフォーマットをどのように使い分けていくのだろうか。カメラの高感度サポートの限界挑戦には、今まで撮れなかった被写体が撮れるということのほかに、もう1つ写真表現に変化の兆しを与える重要な方向性を示唆しているように思えてならない。